アトラス伝説《上》 井出孫六

1998年4月20日発行

 

直木賞受賞作。

「非英雄伝」

N博士は極貧の農家に生まれ,幼児期の大火傷のために左手が不具になる,本人の必死の努力によって世界的な細菌学者になった近代日本が生んだ最も立志伝中の人物,だが野口英世の虚像・偶像は,実は近代日本の歴史そのものが生みだした。著者はN博士は他人のまねを決してしない人である、それをN博士から学ぶべきであると法要の席で語る。著者はN博士の実像に迫るためには八木庄助を描かねばならない。それが描かれるとすれば「非英雄伝」とされなければならないという。渡辺淳一『遠き落日』に出てくるN博士が無心し続けて大変な目にあった八子家のことだ。N博士から金時計のお土産をもらったときにそれを投げ返したエピソードが印象的だったのを覚えている。

 

「『太陽』の葬送」

 83歳で胃癌のため胃の全摘手術を受けた父。60年にわたって日記を書き続け、自叙伝を書くことを求められた筆者が、博文館創業者大橋佐平、生方敏郎著『明治大正見聞史』を中心に、総合雑誌『太陽』の創刊から廃刊を通じて、父の生きた明治、大正、昭和を鷲掴みにして追いかけていく。