お吉写真帳《下》 安部龍太郎

2016年12月10日発行

 

オランダ水虫

 主人公の西周は哲学という用語の考案者として名高い。

 

まなこ閉ぢ給ふことなかれ

 巻末の島内景二の解説によれば、21歳で貞操の喪失と父兄の戦死とを代償にして「日本で初めての婦人記者の誕生」のヒロインとなった向井春子の決意として、“新政府がひた隠しにしている長州藩の計略を、命をかけてここに書く。だから旧幕臣の方々も、真実から目をそらさないで生きてほしいそんな祈りを込めたものだ。”という作品の箇所を引用しながら、これぞ、まさしく春子に仮託した安部本人の「歴史小説宣言」であろうという。ちなみに春子の心の成熟の触媒となった星亨は日本最初の弁護士となり、衆議院議長東京市議会議長を務めるなど、政界の怪物として異彩を放ったが、金権政治家の悪評が後を絶たず、暗殺された。

 

贋金一件

 解説によれば、この短編は、何が本物で、何が偽物かという真贋の鑑定をテーマとしている。天子を擁立して政権を握った明治新政府は本物か偽物か。新政府の無理難題に対抗するためにやむを得ず贋金づくりに走った大聖寺藩の人々の心は本物なのか偽物なのか。主人公・石川嶂は大阪・東京・静岡・富山などで活躍したが、大正2年に福岡県の三池で没した。

 

上巻のトーンとはだいぶ違う作品が下巻の方に並んでいるような気がする。表に見える歴史と、表には表われない裏の歴史の違いから来るトーンの違いだろうか?