たった一人の反乱《中》 丸谷才一

1996年9月10日発行

 

祖母は生け花を生け、呼び方もいつの間にか旦那様と呼ぶようになった。家でツルやユカリは祖母の人柄から冤罪を被っているだけで本当は無罪だと信じていた。ユカリが母に祖母の殺人が本当なのか、誰かを庇ってのことなのか尋ねると、どうやら殺人は本当らしかった。ある時、祖母にどうして事件を起こしたのかを聞くと、いつもははぐらかされたが、話をしてくれた。祖母の結婚相手は女遊びが絶えず妾がいたが我慢していた、結婚して10年経っても家作に新しい妾を入れ腹を立て実家に娘を連れ帰った、夫が未練たらしく言い出したが3年かけて別れたが、父や母が相次いで亡くなり、家計が苦しくなったために別れた夫に金を貰いに行くようになった、いつも女中から留守だと言われたが、ある時居留守を使われているのを知って逆上し、女中に剃刀を向けて通してくれというと、その時別れた夫が出て来た。その後のことは覚えがないが、先夫は血まみれになって倒れていた。その時に出来た右手の中指と薬指の傷跡を見せ、更にある女囚が逃げるのを手伝って1時間ほど女囚が逃亡するのに公衆便所の前で用を足しているかのように演技したのが原因で早く保釈されてもいいところを13年も長く刑務所にいることになったと教えてくれた。ある時、薬用ニンジン酒の行商が訪ねてきたが、この行商が脱獄を助けた女囚のお豊だった。偶然の再会で酒が入ると、お豊はニンジン酒売りをしているが、留守の家なら空き巣狙いに変わる手口を用いて仲間達からはいっぱしの顔だということを聞かされた。女中のツルがスナックのマダムになるため女中を辞めると言い出し、引き留めたが、ダメだった。ユカリと祖母の2人では家事をこなすのは無理だった。女中とは奴隷だということに馬淵は気付いた。