2021年9月30日第1刷発行 2025年8月5日第16刷
裏表紙「1964年元旦、侠客たちの抗争の渦中で、この国の宝となる役者は生まれた。男の名は、立花喜久雄。任侠の家に生まれながらも、その美貌を見初められ、上方歌舞伎の大名跡の一門へ。極道と梨園、生い立ちも才能も違う俊介と出会い、若き二人は芸の道に青春を捧げていく。」「芸術選奨文部科学大臣賞&中央公論文芸賞W受賞」
第1章 料亭花丸の場
昭和39年正月、長崎立花組の大親分・権五郎は花丸で盛大な新年会を開く。権五郎は戦前からの名門宮地組を長崎抗争で追落していた。新年会の会場は老舗料亭花丸で、大阪の人気歌舞伎役者・花井半次郎も招かれていた。喜久雄は歌舞伎「積恋雪開扉」の黒染を見事に演じる。権五郎は新年会で兄貴分の宮地組の大親分を末席に座らせ、宮地組の組員が仇討ちとばかりに権五郎を急襲する。その時、権五郎の子分だった愛甲組の若頭辻村将生が権五郎にワルサーを2発発射する。
第2章 喜久雄の錆刀
権五郎は3日後に亡くなり、立花組は勢いを失う。天涯孤独となった喜久雄の面倒を見たのは辻村で、辻村が立花組を統率した。1年後、権五郎の仇討ちのため少年院を脱走した徳次が喜久雄を訪ねる。中学校の朝礼に宮地組の大親分が多大な寄附をする慈善家として挨拶に立つと、喜久雄は父の仇を討とうとドスを握り締めて突き刺すが、同時に体が宙に浮いた。
第3章 大阪初段
喜久雄は駅でマツに見送られて汽車で長崎を離れ大阪に向かう。ドスは皮財布に阻まれて失敗に終わった。喜久雄に体当たりしたのは教師の尾崎で、被害届を出さないかわりに長崎から追い払うことが条件だった。同じ汽車には徳治も乗っていて2人して大阪で降り、歌舞伎役者・花井半次郎の手代源吉が迎えに来ていて、以降半次郎の世話になる。家には半次郎の一人息子で喜久雄と同じ年の俊介もいた。喜久雄は俊介と共に半次郎に厳しい稽古をつけてもらう。
第4章 大阪第2段
マツは喜久雄のために喜久雄を学校に行かせるため毎月3万を仕送りしていた。長崎から恋人の春江も大阪に出てきて近くに住み、ミナミのスナックで働き始める。半次郎の稽古は厳かったが、喜久雄と俊介の2人に女形の才能があることを見出す。喜久雄と俊介は互いに、喜久ちゃん、俊ぼうと呼び合う仲になる。小野川万菊の演技を見て喜久雄は化物と感じ、俊介は美しい化物と感じる。徳治は弁天と2人で一山当てようとして北海道に向かった。
第5章 スタア誕生
4年が経過した。その間、喜久雄は花井東一郎を襲名し初舞台に上る。同じ頃、喜久雄の周りに一つ事件が起きた。喜久雄の背中のミミズクの彫り物が問題視されて排斥運動が起きたため喜久雄は高校を自主退学した。そんな頃、女形舞踏の最高峰『京鹿子娘道明寺』を2人が躍る。これを興業会社「三友」の社長の梅木が新入社員の竹野を連れて一緒に見た。梅木はこの道明寺を2人に演じさせようと計画し、半次郎は喜久雄に九州興行の際にマツに挨拶させる。喜久雄は花井半弥(俊介)と演じた京都南座の「道明寺」が大成功に終わる。早稲田大学で劇作家の藤川はスタア誕生の瞬間を観たければ南座へ行けばよいとNHKの番組で発言したことで多くの人がきた。梅木は今度は大阪中座での公演を実施した。そこに弁天と一緒に北海道に行った徳次が戻ってきた。
第6章 曽根崎の森の道行
徳次は実は北海道に行った後1か月で大阪に戻っていた。貰い損ねた賃金を請求して貰うために西成労働福祉センターに陳情したところ、その様子がたまたまドキュメンタリー映画を撮影中の監督の目にとまる。これにより徳次の俳優への道が開けた。ある時、半二郎が交通事故にあったという連絡が入る。命に別状はなかったが、足を骨折した半二郎は、自分が演じる予定だった「曾根崎心中」主役のお初の代役を喜久雄に命じた。半次郎の妻幸子は抗議するが、俊介は喜久雄の代役を助けようと決める。喜久雄は半二郎の病室に通い詰め、厳しい稽古をつけてもらい千秋楽を迎える。「曾根崎心中」の舞台の翌日、俊介は探さないで下さいと父宛の置手紙を残して出奔した。クラブの雇われママになった春江も同時に姿を消した。
第7章 出世魚
その後、喜久雄は数本の映画にも出演するが、歌舞伎役者としての人気は低迷していた。
喜久雄が祇園で知り合った舞子の市駒は、喜久雄の子の綾乃を出産し、綾乃は2歳となっていた。半二郎は悩んだ末、俊介出奔して3年が経った時点で、自らは白虎を継ぎ、喜久雄には三代目半二郎を襲名させることを決める。半次郎の妻幸子は当初は喜久雄に辞退してくれというが、最終的には襲名披露に協力する。喜久雄の襲名挨拶が終り、半次郎は白虎の口上を述べようとした矢先に吐血して倒れる。
第8章 風狂無頼
姉川鶴若は小野川万菊と人気を二分する立女形で、梅木から頼まれて喜久雄を預かるが、喜久雄には冷たく当たり、地方巡業を言い渡す。今わの際で白虎が「俊ぼーん、俊ぼーん」と我が子の名を叫んで亡くなる。白虎には1億2千万ほど借金があった。徳治はこの借金を喜久雄が引き継ぐと、自分の借金だ、何があっても助けると胸を叩く。
第9章 伽羅(きゃら)枕
喜久雄は映画の仕事でも自らのせいで何度も撮影のやり直しをせざるを得ないといったような誤解に基づく不当な扱いを受け、次第に肩身の狭い思いをしただけでなく、歌舞伎の世界でもまともな仕事の依頼が来ないために、喜久雄を近くで見ていた徳次は喜久雄が何か壊れていくような感じを受けた。喜久雄が出演した映画がカンヌの賞を受賞するが、喜久雄は素直に喜べなかった。
第10章 怪猫
梅木の部下の竹野が三朝温泉の芝居小屋を覗くと、化け猫伝説の演目に俊介が出演していたのを発見する。俊介の舞台は竹野が身震いするほどの素晴らしい出来だった。竹野は俊介を舞台に復帰させようと動き始める。喜久雄は俊介と再会できて喜ぶ。俊介には春江との間に一豊という男児がいた。喜久雄には市駒との間にもうけた綾乃がいた。竹野は喜久雄を半二郎の名跡を奪った悪役にし、万菊の下で復活を遂げさせようとした。他方、喜久雄は半二郎の稽古姿を盗み見る自分の不甲斐なさに憤りを感じ、自分で自分を這い上がれと自分を叱咤し始めた。