2010年3月25日第1刷発行
第一章 遺言 飛騨高山で過ごした少年時代が描かれている。
陣立 鉄舟の父が亡くなる直前に東軍・西軍に別れて最後に行われた陣立で、鉄舟は自らの剣の腕前を試そうと単独行動を起こすが、技術・力量の前に心機において井上清虎に負けていたことを教えられるとともに全軍の動きを顧みない単独行動に深く反省する。
三千五百両 父は今際の際で鶴次郎を跡取りに指名し、鉄舟には3500両の金を渡し弟たちが身を立てられるようにするように遺言する。同時に鉄舟ほど素直で真っ直ぐな男は珍しいから信じる道を歩め、自身のためになることをしろ、それが天下の役に立つと命じる。
江戸の日々 江戸に出て来た鉄舟は、高山で岩佐一亭の下で学び授かった相伝の入木道52世として若侍に書を教える。井上も江戸に帰ってきた。「垣根をつくるのも壊すのも自分。自分でがんじがらめにめぐらせた垣根は自分で壊さねばならぬ」との井上の言葉は名言の一つだ。北辰一刀流を創始した千葉周作の玄武館に連れて行かれて清河八郎との手合いや新入り歓迎の数稽古で鬼人の如きすさまじき気魄を出す。
第二章 鬼鉄
念持仏 生き馬の目を抜く江戸暮らしでいつの間にか自分らしさを忘れて、勝ちたいとの一心に凝り固まり、怠惰な兄を侮蔑しているうちに自分を見失っていることを弟から指摘されて、高山から持ってきていたことすらすっかり忘れていた役小角一刀三礼の円空仏の木彫りの仏像に再び手を合わせる鉄舟。それでもどうすればよいのか迷い続ける。
黒船 黒船到来で浮足立つ兄弟子に無礼な口を利く鉄舟は、稽古さしどめを申し渡され、帰りがけに兄弟子らから殴る蹴るの暴行を受けるが、この時腹を立てて無礼な口を利いた己を内省する。「世の中、どんな愚劣なことからでも、学ぶことがある。腹が立ったら、まずは息を深く吸って、気持ちを落ち着けることだ。でなければ、道をあやまってしまう」と。
槍術 兄の屋敷を出て弟たちを連れて転居した矢先、山岡静山の槍稽古に遭遇し、いきなり門弟にして欲しいと頼み出す鉄舟。そしてそこには弟の高橋泥舟がいた。この出会いこそ、「こころを研ぎ澄まし、強く求めていればこそ、またとない出会いにもめぐまれるのだ。なにも求めていない人間には、すばらしい出会いなど望むべくもない」だ。静山が若くして死んだため遺言で鉄舟は山岡家の婿養子に入る。
講武所 頭取に男谷精一郎と勝海舟ほか1名、井上は剣術教授方に任じられ、鉄舟は剣術世話心得に。死ぬ気で気合いを高め、百倍の密度で稽古するので、素振り一本さえ鬼気迫るものがある。極貧の生活を送るが、「漠として、宇宙界と名付くといえども、切言すれば、吾人もまた等しきものなり。ゆえにその源を究れば、地、水、火、風の四原よりなり、而して風往飴来、遷転極まりなきに似たれども、またその中に一定不変の道理あるべし」「何人によらず、各本来の性を明らめ、生死の何物たるかを悟り、かたがた吾人現在社会の秩序にしたがい、生死を忘れて、その職責を尽くすべきなり」と書いた書き付けを井上に出した。井上は鉄舟が日本という国の役に立つと確信する。
第三章 攘夷
虎の尾 清河八郎の血判に押さぬ鉄舟だが、名だけ連ねるという。「おのれに対していつも誠実で、どこまでも本気でありさえすれば、他人がなんと批判しようと、春風のように聞き流すことができる」「宇宙界のなかでは塵芥にもひとしい人間だが、宇宙界と対峙して雄々しく生きたい、そのために何よりも大切なのは、他人の評判ではなく、じぶんの信の気持ちなのだと、強く思っている」
暗殺 清河らはヒュースケン通詞の暗殺に成功する。
上洛 200名の浪士を連れて江戸から上洛するものの、清河と鉄舟は20日ばかりで京を発ち江戸に戻った。近藤勇と芦沢鴨ら17名は京残留を決める。
連判状 江戸で遂に清河は新徴組を旗揚げするが、直後に暗殺される。浪士監督不行きと届で閉門を申し付け、泥舟も無期限の閉門を申しつけられる。長州とアメリカ、薩摩とイギリスとの戦争が始まる。
浅利又七郎 負けを認めて翌日浅利の門をくぐる。「死にたくない、打たれたくないなどという心は、捨て去るがよい。世の中、さように都合よくはいかぬ。われは死ぬ。しかし、ただ無駄に死にはせぬ。相手を殺してわれも死ぬ。その覚悟をそだてよ」と教わる。つもりになっていた鉄舟は再びこれまでの百倍死ぬ気になることだという気概をもって道場に行く。それでも押される。日々激しい稽古を積み重ねるうちに、毎日毎日下腹に気合いを込め続けた成果で少しは押し返せることもあった。
時代は鉄舟を必要とする時が迫っていた。
命もいらず名もいらず金もいらないという人間ほど敵にすると始末に負えないと聞いたことがある。出所は山岡鉄舟だったわけだ。