2020年5月20日発行
第15回松本清張賞受賞作。
中根興三郎は、北町奉行所同心。両組御姓名掛りという閑職につく無口な侍。六尺の長身で痩せ形、30歳半で未だ嫁もなく、老いた下男の藤吉との二人暮らしだが、大の朝顔好きで、200鉢ほどの朝顔を自ら育て育種する。幻の黄色の朝顔を咲かせたいと思い、少年時代の興三郎は朝顔界の精鋭と言われた成田屋留次郎の許を訪ねて教えを乞うたことすらあった。
彦根藩に関わりのある町人や商人が4人続けて辻斬りに遭う。また鍋島直孝の屋敷前で絶命していた武家の死体が消える事件も起きていた。紀州慶福を推す大老井伊直弼と慶喜を推す一橋派との確執が嫌でも耳に入る時に彦根藩の者が狙われるとすれば水戸藩の藩士による可能性があった。或る日、江戸朝顔界の重鎮・鍋島直孝の屋敷に招かれる、宗観と呼ばれる武家と出会い、黄色の朝顔を咲かせたいとの自らの一朝の夢を語った。宗観が立ち去ると鍋島直孝が現れ、宗観が開く茶会のために州浜葉を使った朝顔をつくってくれと頼まれた。そんな矢先、興三郎と同じ北町奉行所勤めの村上伝次郎が息子を斬殺して出奔すると聞かされる。興三郎が通う星陵塾の師だった松本一悟は、星稜塾の若い者たちが集まる更新会という勉強会で攘夷や尊王が話題に出て自由にさせていたが、その更新会に参加していた登也と北島静馬が伝次郎に斬り棄てられたのだった。理由は皆目見当がつかない。宗観が興三郎の家に訪れ、新しい仕事が見つかるまでとの約束で女中のように働いていた西沢里恵とその息子小太郎と楽しそうに話し込んでいたところに帰ってきた興三郎だったが、宗観から大輪黄色花を咲かせてみよと励まされて取り組むことを決意した。
それにしても、この本を読むだけで、朝顔にものすごく詳しくなりました。朝顔にこんなに種類が沢山あること自体、全く知りませんでした。朝顔にここまでくわしい作者を尊敬します。