一朝の夢《下》 梶よう子

2020年5月20日発行

 

興三郎は村上登也の墓参りを続けていた。ある時、その帰り道、寺男となっていた登也の父村上と再会した。登也は辻斬りに利用された挙句、北島静馬に斬られ、その現場を目撃した村上は北島を斬り、更に登也を引きずり込んだ者の敵討を果たし自訴すると言う。登也を斬れと北島に命じた木田六郎を村上は探していた。木田の特徴を聞くと、何と鈴や佐久左衛門の用心棒をしていた矢田部耕造が木田だった。一連のことを興三郎は親友の三好貫一郎に話すと、里恵が矢田部は夫だったという。その里恵が自害した。興三郎は獅子咲の朝顔を鈴やに差し出し矢田部と二人きりで話をさせてもらいたいと請う。里恵が亡くなったことを告げると興三郎は矢田部に憎悪を抱いた。里恵が矢田部と共に名前を書き連ねた有村次左衛門のことを矢田部に聞くが、知らぬのひと言。突然、村上と矢田部が斬り合っているとの報を受け、興三郎が駆けつけると、矢田部の名前を村上から聞いた興三郎の態度が急変して以来興三郎の後をつけていたこと、興三郎が大老と繋がっていることを告げ、よくも騙してくれた、と言い、興三郎を斬りつけようとしたが、興三郎の刀に自らの躰を委ねるようにして死んでいった。長身の興三郎は兄に言われて護身用に居合だけは身につけていたのが幸いした。真鍋より興三郎は屋敷前で殺されたのが彦根藩江戸家老で辻斬りの被害者も彦根藩の関わり者だったが大老が事件を伏せることで騒ぎにならないようにしていたこと、辻斬りの一件を調べていた村上もそのことに気付いたこと、大老より鈴やが場所を弁えずに商売の話をしたことで一喝されて以来屈託が残っていたことなどを聞く。柳が好きだという大老は時流に逆らわないという意味でなく、揺さぶられようと揺るがない信念のことを意味するとも教えられた。矢田部を使っていたのが若年寄安藤対馬で安藤の下で出世を夢見て、大老と興三郎のことを里恵を利用して聞き出そうとし思う通りにならぬと分かると里恵を慰み者にしていたことなど全てを知った興三郎は矢田部の胸を突き刺した。興三郎の前から姿を消した三好は突然興三郎の前に現れて自らが水戸藩士関鉄之助であり大老襲撃決行の日を興三郎に暗に教えに来た。互いに目指す目標は同じでも道が違っている者同士であったが、興三郎はすぐに書状を出した。水戸藩の浪人による大老の死を怪我と処理して水戸藩取り潰しでなく存続させて恩を売り幕府の実権を握った安藤はその後水戸浪士の襲撃を受け命は失わなかったが失脚した。興三郎は江戸を出た。熊本で濃い黄色の大輪花を興三郎は咲かせたが、その後「一期一会」の花姿を見た者はなかった。植木屋の小太郎は親父が咲かせた大輪の黄色花を俺も咲かせてみたいと隠居に語りかけていた。

 

幕末の史実を踏まえつつ、朝顔大老井伊直弼をこのように描く筆者の筆力はスゴイの一言に尽きます。