詩集 1999 田村隆一

1998年5月27日第1刷発行

 

春画

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アインシュタインよ どうして

十六歳の美少女と恋愛しなかったのだ

彼女の陰毛の下に 核分裂と融合の

化学方程式を薔薇の形で刺青にしておけば

二十世紀は灰にならずにすんだのに

 

鬼号

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母の七回忌で

墓参をすませるとご住職と雑談した

過去帳を見せてもらうと

江戸期のものはなくて明治以降しか記載がない

明治期ではアメリカで死んだ人もいれば

半助という人がいるのにはびっくりした

あわてて大辞林をひいてみたら

明治期の一円の半分

五十銭のことで

「半助でも二枚ありや結構だ」と鴎外の「雁」のなかの台詞まで参考につけ

  てある

田村五十銭 なんだかぼくの戒名になりそうな名前だ

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Wikiによると、吉本隆明が「日本でプロフェッショナルだと言える詩人が三人いる。それは田村隆一谷川俊太郎吉増剛造だ」と評したらしい。『詩集1999』は生前最後の詩集。1997年1月号から12月号「すばる」に連載された。1998年8月26日享年75歳。戦後詩の旗手として活躍した詩人である。