わたしを束ねないで 新川和江

1997年9月23日初版発行

 

自由に生きたいです、束縛するのはやめてください、という戦後女性の代表的詩人と言われた方ならでは、の、リズミカルな「わたしを束ねないで」ほか、多数収録。教科書にも掲載されているらしい。

 

わたしを束ねないで

 

わたしを束ねないで

あらせいとうの花のように

白い葱のように

束ねないでください わたしは稲穂

秋 大地が胸を焦がす

見渡すかぎりの金色の稲穂

 

わたしを止めないで

標本箱の昆虫のように

高原からきた絵葉書のように

止めないでください わたしは羽撃

こやみなく空のひろさをかいさぐっている

目には見えないつばさの音

 

わたしを注がないで

日常性に薄められた牛乳のように

ぬるい酒のように

注がないでください わたしは海

夜 とほうもなく満ちてくる

苦い潮 ふちのない水

 

わたしを名付けないで

娘という名 妻という名

重々しい母という名でしつらえた座に

坐すわりきりにさせないでください わたしは風

りんごの木と

泉のありかを知っている風

 

わたしを区切らないで

,コンマや.ピリオドいくつかの段落

そしておしまいに「さようなら」があったりする手紙のようには

こまめにけりをつけないでください わたしは終わりのない文章

川と同じに

はてしなく流れていく 拡ひろがっていく 一行の詩