1977年6月30日発行 2014年3月25日28刷
本文の冒頭には「真理は時の娘―古い諺―」とある。この言葉に本書のテーマは尽きている。
裏表紙には「薔薇戦争の昔、王位を奪うためにいたいけな王子を殺害したとして悪名高いリチャード三世―彼は本当に残虐非道を尽くした悪人だったのか? 退屈な入院生活を送るグラント警部は、ふとしたことから手にした肖像画を見て疑問を抱いた。警部はつれずれなるままに歴史書をひもとき、純粋に文献のみならリチャード三世の素顔を推理する。安楽椅子探偵ならぬベッド探偵登場! 探偵小説史上に燦然と輝く歴史ミステリの名作」とある。
ネットで調べてみると、この小説は、英国推理作家協会が1990年に発表した「史上最高の推理小説100冊」の第一位に選ばれたらしい。
グラント警部は人の顔から性格を見抜く能力があった。ある時、マンホールの穴に落ちて怪我をして病院で入院中に暇を持て余したグラント警部は、リチャード3世の肖像画を手にする。王位を手にするために兄とその甥を殺したせむし男の異名を持つリチャード3世。甥をどうやって殺したのか明らかになっていないことを思い出して歴史の本を取り寄せる。グラント警部は、後世になって作成された資料は用いない。当時の資料を用いるのを鉄則としている。なぜなら歴史は勝者が作り変えてしまう危険があるからだ。当時の資料を読むとリチャード3世に対する大逆罪の告発理由に、王子二人が行方不明になった事が入っていない。これは行方不明の事実がないからと考えなければ辻褄が合わない。歴史研究生キャラダインがグラント警部に協力して調査員となり調べ物は彼の役目となる。何を調べたら良いかを考えるのはグラント警部。グラント警部の言葉も振るっている。「問題の要点は、現場に居合わせた一人一人がみんな、この話は作り話だと知っていながら、しかも、それを否定しない、ということだ。今となってはもうとり返しがつかん。この話は嘘だと知っている連中が黙って見ているあいだに、そのまったくの嘘っぱちが伝説になるまでにふくれ上がってしまったんだ」と。キャラダインも「真実というのは、誰かがそれについて説明したもののなかにはまったく含まれていないんです。真実はその時代の些細な物事すべてのなかに含まれているんです。新聞の広告。家屋の売買。指環の値段」とおつなセリフを吐いている。
そして遂にリチャード3世が甥2人を殺した事実はないことを突き止める。このことをキャラダインは本にしようと決意してグラントの病室が出ていく。ところが少しして意気消沈したキャラダインがグラントの前に現れ、そんなことはとうの昔にハッキリしていて既に他人の手によって明らかにされていた。なのに教科書には誤った記述が繰り返し掲載されていただけだった、と述べる。しかしグラントは励ましてキャラダインに再度決意させる。
歴史ミステリの名作、と言われるのには訳があった、と得心した次第だ。