さよならドビュッシー 中山七里

2011年1月26日第1刷発行 2012年3月26日第7刷発行

 

表紙裏「ピアニストからも絶賛 ドビュッシーの調べにのせて贈る、音楽ミステリー。ピアニストを目指す遥、16歳。祖父と従姉妹とともに家事に遭い、ひとりだけ生き残ったものの、全身大火傷の大怪我を負う。それでもピアニストになることを固く誓い、コンクール優勝を目指して猛レッスンに励む。ところが周囲で不吉な出来事が次々と起こり、やがて殺人事件まで発生する―。第8回『このミス』対象受賞作品。」

 

読み終えて鳥肌が立ちました。中山七里さんの作品は久しぶりに読みましたが、本当に素晴らしいですね。遥にピアノのレッスンを担当することにした岬くんの言葉は珠玉の言葉ですね。ストーリー展開も、そうきたか、そして最後にはこうきたか!と感嘆しました。

 

 

期待の新人ピアニストで音楽大学の講師をしている岬洋介からピアノの手ほどきを受ける遥。祖父の玄太郎と遥と従姉妹のルシアの3人が留守番をした深夜、火災が発生し、玄太郎とルシアは亡くなってしまう。遥一人だけ助かるが、重症の火傷を負ってしまう。

病院のベッドで意識を取り戻した遥は、当初、体を動かすことも、声を出すことも何も出来ない状態で、全身火傷のために顔や体のほとんどの皮膚を移植される。なんとか目が開けられるようになりリハビリも始まると、弁護士から祖父の総資産が12億円あり、その半分を条件付きで遥が、残り半分を祖父の息子の2人が4分の1ずつ相続することに。

ピアニストを諦めかけた遥の前に岬が現れ、叱咤激励されながら指導される。そんな矢先、遥に大怪我をさせようと企む誰かが松葉杖の留め具を壊すなど立て続けに不吉なことが起こる。さらに、遥の母が神社の石段から転落し死亡してしまう。その上、遥が道を歩いていると、誰かから背中を押されて車に引かれそうにもなる。不安に苛まれる遥だったが、岬からコンクールが終わったら説明すると言われて当面レッスンに励む。コンクールを終えると、岬はシャーロック・ホームズさながらに自分の推理を語る。火事でなくなったのは遥ではないこと、不吉な出来事は遥の正体を知ったお手伝いさんが二人は殺されたと勘違いして起こした事件であったこと、遥の母も遥の正体に気づき、取り乱した際に転落死したことなど。岬が真相を話し終えると会場から「優勝は、香月遥」と告げる声が聞こえ、ジエンド。

 

岬自身、有能な検察官を父に持ち、司法試験を1位で合格し将来を嘱望されながら、真に自分のやりたいことはピアニストだと考えてその道に進むものの、突然耳が聞こえなくなる難病と闘いながらピアニストとして生きている。そんな岬が遥に語る言葉は激しく読む者の心を強く打つ。

 

「現代は不寛容の時代だ。誰もが自分以外の人間を許そうとしない。咎人には極刑を、穢れた者、五体満足でない者は陰に隠れよ。周囲に染まらぬ異分子は抹殺せよ。今の日本はきっとそういう国なんだろう。いつ頃からか社会も個人も希望を失って皆が不安がっている。俯瞰が閉塞感を生み、その閉塞感が人を保身に走らせる。保身は卑屈さの元凶だ。卑屈さは人の内部を腐食させ、そのうち鬱屈した勘定が自分と毛色の違う者や少数派に向けられる。彼らを攻撃し排斥しようとする。そうしているうちは自分の卑屈さを感じなくて済むからだ。立場の弱いものを虐めたり差別するのも多分にそういう理由だろう。不正を糾弾された人間に問答無用で罵声を浴びせる、頂上を極めた者の転落を喜ぶ・・・全部、同じ構図だ。無抵抗な人間には際限なく悪意が降りかかる。でも、だからといって言われるままされるがままというのも癪な話だ。悪意とは闘うべきだし、理不尽は覆さなきゃいけない。悲しかったら人目を憚らず泣き叫んだ方がいいし、悔しかったら怒るべきだ。ただ、神様は一部の人間に粋な計らいをしてくれた。怒りを吐露する文章の代わりに音符を、非常を嘆く声の代わりにメロディを与えてくれた。〈皇帝〉が人間の裡に秘めた力を謳い上げるように、〈革命〉が侵略の残酷さを撃つように、音楽という素晴らしい武器を与えてくれた。そして今、君もその武器を手にしている」武器―喧嘩が強い者は腕力で闘う。能弁な者は言葉で、文才のある者は文章で闘う。表現方法というのは、つまりその人間の闘い方だ。それならあたしにもあたしなりの闘い方がある。